葉祥明美術館

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 葉祥明が絵本作家としてデビューした作品はご存知のとおり『ぼくのべんちにしろいとり』。白犬のジェイクが主人公の絵本です。物語は本人の体験が元に描かれているなど、ジェイクは葉祥明自身「僕の分身みたいな存在」と言います。紺色の耳で黒いつぶらな瞳や少し面長な容姿など、現実にいるようでいない。どこか懐かしい感じがする素朴さがありがながら、上品さもあります。まさに葉祥明本人に対して、受ける印象と似ているかもしれません。
 
対して「はちぞう」は、ファンタジックなキャラクターを描こうと、葉祥明が考えた生き物です。冒険心が旺盛で、ちょっとわんぱくな印象を受けるはちぞうは、その他多くの作品で描かれる生き物たちの目とはちがい、写実的な青い瞳で、表情がとても豊かです。多くのアニメーションの登場人物も表情豊かな瞳をしていますが、葉祥明にとっては試みでした。
葉祥明は「絵本作家」という肩書きで多くの仕事をしていますが、ストリーテラーというよりは詩人で、一枚の絵の中に詩の世界が広がります。いわゆる絵本のように一枚の絵で、その場を説明する場面を描くよりも、一枚の絵の中でゆらゆらと物語が漂うのです。そのため一場面が絵本の中から取り出されても、独立した世界観があります。ジェイクのシンプルな様は、詩的な世界観に溶け込みます。対して「はちぞう」は表情で物語るの、詩的な空間に加え場面を演出しています。葉祥明の優しい空間にファンタジックなはちぞうが描かれる事で、心地良い優しさの中にワクワク感があり、唯一無二の世界観が出来上がりました。
 手のひらサイズの小さな「ハチドリ」と、陸上動物最大の「アフリカ象」の特徴を合わせ持った「はちぞう」は可愛らしくファンタジーの生き物です。でも葉祥明が描く絵本の多くに、環境問題や社会問題を示唆する作品が多いように、この「はちぞう」のお話も動物を想う心を伝えています。【密猟で乱獲されるアフリカゾウの赤ちゃんの魂が、ハチドリの卵に宿り生まれた はちぞう 】同じ地球に生きる命の仲間の事を考えよう、と。
 
 
この「はちぞう」という名前。実は本人が付けたのではないそうです。絵本の副題になっている「Humming Elephant」が葉祥明が付けた名前ですが、別で編集の方が「はちぞう」と名付けて下さいました。個人的にはとてもキャッチーで好きですが、本人は西洋文字が好きなので「Humming Elephant」を気に行っているようです。あるときはちぞうは名前ではなく種族を表してるよねと、話題になりました。でも絵本のタイトルでも「ぼくは はちぞう」と…。では種族が「Humming Elephant」でしょうか…。実は2010年の朝日小学生新聞の連載では、青い羽根を持った「はちぞう」以外にピンクの羽根や緑の羽根をもった「はちぞう」?「Humming Elephant」?が描かれています。
 はちぞうが一匹(一羽)ではなく、仲間がいるのは淋しくなく良かったと思う一方…。はちぞうの誕生秘話を考えると複雑な気もします。
 
 

 
■北鎌倉 葉祥明美術館 企画展 2024年4月6日〜6月7日
Humming Elephant はちぞうの世界