2009年、15年前に描かれた絵本『しろくまのピナーク』は、北極に住むこぐまのピナークのちょこっと冒険物語です。出版当初にも当館で原画展を開催し、その際の「おすすめ」では作品に込められた環境問題への危惧を紹介しましたが、今回は表現方法に注目したいと思います。
冒頭、双子の妹カナークと雪と氷の世界で過ごすピナークの様子が描かれます。地平線や水平線の風景画が代表的な葉祥明の作風とは異なり、二匹の小熊が好奇心旺盛に遊ぶ姿が白と青と少しの黄色味で表現されています。ピナークたちが住むのは北極、しろくまは「北極熊」「polar Bear」とも言われ、南極にはいません。逆に先日まで企画展を開催していた『とべ!ジェイムズ』はオレンジ色のペンギンのお話ですが、ペンギンは南極に生息しています。葉祥明が描いた同じ氷の世界のお話ですが、実は対極にある場所のお話です。寒さの厳しい南極のお話は、自然の猛威に耐える要素が含まれていますが、北極に住むピナークのお話は他の生き物との交流があり、暖かみを感じます。(とは言え、北極も寒いです。南極がもっと寒いということ。)
風景画の単作と異なり、絵本作品は場面展開を考えた動きを必要とします。二匹の小熊が顔をひょっこり出す場面は中央に二匹の顔を描く一点集中。次項の場面、雪の滑り台で遊ぶ様はこぐまそれぞれの向きが異なり躍動感を表現しています。登場する動物の視線の向きで状況を伝える手法もとられ、また極端な遠近法で主人公を大豆ほどの大きさから米粒サイズに描き分けることで、氷の世界の広大さを感じとれます。
中盤、北極に住む他の生き物たちとの交流は、相手に呼応するような姿勢で描く事で親近感と心楽しい雰囲気を受けます。ページをめくるごとにわくわくするような構成は絵本造りの醍醐味といえるでしょう。葉祥明と編集者が打ち合わせを重ね、出来上がります。
後半、家族との再会です。再会の場面は夕焼けの黄色が画面に広がり、再会の安堵を暖かみ溢れる色で表現しています。主人公の安心感と共に、物語の終わりに静かな息吹と静寂を迎えます。そして…ここで終わらないのが葉祥明です。最終ページ、星空の景色にピナークの物語に込められた環境問題への想いを母熊の気持ちに載せて伝えます。
わくわくドキドキの冒険物語、生息する生き物の紹介。そして地球の温暖化が問題でしろくまの生息地が脅かされ、その原因を作る我々人間への警鐘。様々な表現方法を駆使して描く絵本の中に、楽しさに加えて伝えたメッセージ。葉祥明の描く絵本の世界をお楽しみください。
■北鎌倉 葉祥明美術館 企画展 2024年10月12日〜12月13日
絵本『しろくまのピナーク』原画展