今が空前の猫ブームと言ってよいのかと疑問に思うほどに、いつも人間の生活の身近にいる「猫」。SNSの広がりにより物理的に近くに居なくとも親近感を持ち、ネコノミクスという新しい言葉が2015年頃から使われ始め、ますます人間と猫の関係が密接になっているように感じます。
1973年に絵本作家として世にでた葉祥明は犬をはじめ、クマやペンギンなど動物が主人公の絵本を描いてきました。その多くが主人公の動物が冒険など何かしらの行動を起こし、物語が進んでいきます。しかし2004年に出版された『ヒーリング・キャット』(晶文社刊)は猫が主人公ですが、内容は詩を紡ぐように心に寄りそう言葉がならび、主人公であるはずの猫はそれぞれのページに”いる”のです。 葉祥明の描く作品は概ねシンプルで、水平線や地平線が描かれた画面に小さなモチーフがぽつりと描かれる、空間の広い作風です。その空間をかつてアンパンマンの作者で知られるやなせたかし氏は「空気を描く画家」とその希有な才能を評価してくださいました。やなせ氏をも唸らせた、描かれた「空気」には鑑賞者を包み込むようなやわらかさを感じます。絵本『ヒーリング・キャット』の画中にもその「空気」を感じ、主人公の猫と対話する読者もまた、空気に包まれて主人公になったように作品に入り込む感覚になります。この読者・鑑賞者を作品の中に受けいれる作風が、葉祥明の特徴とも言えるでしょう。葉祥明本人が「主張する絵ではなく、静かに内面に語りかけるような絵を描きたい」と語ります。
包み込む様な空気・空間が描かれ、そこにただ”いる”ように描かれた猫の存在が読者に語りかけ、受容する安心感があります。
猫が人の近くで暮らしはじめたのは約1万年前と言われています。古代エジプトでは神格化され、中世ヨーロッパでは魔女の手先のように忌避された猫。人間の生活を助けとなり、共にすごしてきた現在。人生のパートナー、家族として過ごす猫が葉祥明の自宅にもいます。
あとがきに「ブルーキャットは、現実のネコだと思ってくれてもいいし、心のなかのもうひとりの自分、あるいは自分を守るスピリチュアルな存在だと思って下さってもけっこうです。どうぞブルーキャットのささやきに耳をかたむけてください」とあります。誰の心の中にも、この人生で導いてくれたり、励ましてくれたりする存在がいるということを、皆さんに気がついて欲しいという願いが込められた作品です。
■北鎌倉 葉祥明美術館 企画展 2025年9月13日〜11月14日
絵本『ヒーリング・キャット』展